春なのに、からだが枯れてる人が多い。
春になっても暖房をつける日がある。
外気も乾いているし、室内の暖房も乾く。
ダブルパンチで、からだは意外と枯れやすい。
最近は「朝トマトが良い」とか「白湯が良い」とか、体に良い話がよく流れてくる。
もちろん合う人には合う。
だが健康法というのは、便利な言葉だけが一人歩きする。
よくある質問で、こう聞かれる。
「毎日2リットル水を飲むと良いと聞いたんですが、本当ですか?」
これは、半分正解で、半分不正解だと思っている。
正解になるのは、頭が先に走っていて、からだの感覚が鈍い人だ。
渇きが分からない。
疲れているのに気づかない。
冷えているのに我慢できる。
そういう人は、まず数字を借りた方がいい。
2リットルという目安があるだけで、乾きや巡りの立て直しが始まることがある。
ただし、不正解になることもある。
からだの感覚を研ぎ澄まして生きている人や、
「今この水がうまい/まずい」をちゃんと感じられる人は、
数字よりも感覚を優先した方がいい。
季節によって、必要な水分量は変わる。
汗をかく日もあれば、汗をかかない日もある。
よく動く日もあれば、座りっぱなしの日もある。
食事の内容でも変わるし、睡眠でも変わる。
つまり水は、「毎日2リットル」というノルマじゃなくて、
からだと会話しながら決めるものだと思っている。
もうひとつ、誤解されやすいのがここだ。
水を飲んでいるのに、すぐ小水として出てしまう人がいる。
この場合、量が足りないというより「保持できない」状態になっていることが多い。
枯れた鉢に水をやると、最初は吸わずに下へ抜ける。
あれと似ている。
だから、がぶ飲みよりも、こまめに入れる方がうまくいくことがある。
結局、度合いが大切だ。
ちなみに「若い」「若くない」は、この話と関係があるようで、あまり関係がない。
若くても鈍っている人はいるし、
年配でも若々しい感性を持っている人はいる。
うちにいらっしゃる年配の方で、
脇の筋肉をゆるめようと触ったら「くすぐったい」と言われたことがある。
『まだまだお若いですね』と言っておいた。
実際、からだが若いと刺激を敏感に感じる。
その方が「ピーマンが嫌いで食べられない」と言うので、
『大人になったら食べられるようになりますよ』と言ったら、
やけに嬉しそうにしておられた。
年齢の話じゃない。
感覚が生きているかどうかの話だ。
整体で作りたいのは、まさにそこだと思っている。
「今、自分に水が要るのか」
「今は要らないのか」
それを自分で見極められる、敏感な身体だ。
水は健康のために“飲まされる”ものではなく、
からだが「欲しい」と言った時に、ちゃんと応えてやるものだ。
2リットルは目安として使っていい。
ただ、主役は数字じゃない。
自分の身体だ。