愛情の形

 

※この記事には『教場』シリーズの内容に触れる部分があります。
未視聴の方はご注意ください。

 

体癖でいう9種は、愛情の出し方がわかりやすい方ではないと思う。

 

優しく包むとか、励まして背中を押すとか、そういう形で出るとは限らない。

 

むしろ、厳しくする。
突き放す。
あえて通さない。
そういう形で出ることがある。

 

表面だけ見れば、冷たく見えるかもしれない。
何を考えているのかわかりにくいかもしれない。

 

でも、内側ではかなり相手のことを考えている。

 

相手の先まで見て、甘やかさない。
その場で喜ばれることより、あとで崩れないことを選ぶ。

 

そういう愛情の形が、9種にはあるように思う。

 

教場を見ていて、風間公親という人物にも、少しそういうものを感じた。

 

冷たい。
厳しい。
何を考えているのかわかりにくい。

 

正直、あれだけ見ると、ただ怖い教官に見える。

 

でも、見ているうちに、そうとも言い切れない感じが出てくる。

 

むしろ、あの厳しさの中には、かなり重たい愛情があるように見えた。

 

風間は、適性がないと判断した相手には、容赦なく退校を迫る。

 

夢を応援するわけでもない。
頑張れと背中を押すわけでもない。
信じているから行ってこい、という態度でもない。

 

むしろ逆で、そのまま出せば本人が苦労する、周りも危ない、だから警察官にはさせない、という方向で動いている。

 

これは、受け取る側からするとかなりわかりにくい。

 

否定されたようにも感じるし、冷たいとも思う。
夢を潰されたように受け取る人もいるだろう。

 

でも、本当に相手のことを考えていないなら、もっと簡単なやり方がある。

 

適当に励まして、通して、あとは本人の責任にしてしまえばいい。

 

その方が、その場では感謝される。
いい人にも見える。
優しい人にも見える。

 

けれど風間は、そこを取らない。

 

嫌われる方を選ぶ。
恨まれる方を選ぶ。
誤解される方を選ぶ。

 

それでも止める。

 

この姿勢は、ただの冷たさではできないと思う。

 

その人が警察官になった先まで見ている。
現場で潰れること。
仲間を危険にさらすこと。
自分を壊してしまうこと。

 

そこまで見ているから、その場の感情に流されて通さない。

 

だからあの厳しさは、能力を見て切っているだけではなく、将来の破綻を先に引き受ける態度に見える。

 

ここに、風間公親のわかりにくい愛情がある気がした。

 

愛情というと、ついわかりやすいものを想像しやすい。

 

優しくする。
励ます。
受け入れる。
応援する。

 

もちろん、それも愛情だと思う。

 

ただ、それだけではない。

 

本当に相手のことを考えた時には、通さない方がいいこともある。
なりたいものにさせるより、なってはいけないものにさせない方が深いこともある。

 

そこには、表面の優しさではなく、責任がある。

 

しかもその責任は、わかりやすく感謝されるものではない。

 

だからこそ、風間の愛情は一見わかりにくい。

 

でも、見方を変えると、あれはかなり本気の愛情にも見えてくる。

 

僕自身、ああいう愛情の形にはかなりわかる部分がある。

 

表面では優しく見えなくても、相手の先を考えた時に、あえて止める。
あえて通さない。
あえて厳しくする。

 

その方が、その人のためだと感じることがある。

 

風間公親を見ていると、そんな9種的な愛情の形を思い出した。

 

優しく通してあげることだけが愛情ではない。

 

止めること。
切ること。
向いていない場所に出さないこと。

 

それもまた、深い愛情の形なのだと思う。

 

教場を見ながら、そんなことを考えた。

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