病名ではなく、その人をみる

医療が必要な時はある。

強い不調が出ていたり、日常生活そのものが崩れている時に、整体だけでどうにかしようとするのは違うこともある。
そういう時は、病院で診てもらうことも、必要な治療を受けることも大事だと思う。

 

ただ、医療にかかっていても、薬を飲んでいても、なかなか変わらない人がいるのも事実だ。

診断はついているし、治療も受けている。
でも、本人の生活は思うように立ち上がってこない。

そういう人を見ていると、症状の名前や数字だけでは見えてこないものがあるのだと思う。

 

人は、診断名で苦しんでいるわけではない。

起きられない、座れない、食べられない、息が浅い、歩けない。
動こうとしても、身体がついてこない。

困るのは、生活ができなくなることだ。
自分が見たいのは、そういうところだ。

 

整体では、頭の状態、首の支え、肩甲骨の動き、呼吸、お腹の緊張、骨盤、そういう身体全体のつながりを見ていく。

そこで噛み合っていないものがあると、ただ気分の問題では済まないような動けなさが出ることがある。

やる気の問題ではないし、怠けでもない。
身体の側で、動くための力が出にくくなっている。
そういう人は、少なくない。

 

だから、医療か整体か、そんな話をしたいわけではない。

医療で助かるならそれでいいし、整体で助かるならそれでもいい。
片方で足りないなら、両方使えばいい。

大事なのは、どちらが正しいかではなく、その人が生活を取り戻せるかどうかだと思う。

 

少し食べられた、少し座れた、少し歩けた、呼吸が少し落ち着いた。
そういう変化は、小さく見えても大きい。

自分は、そういうところを見ていきたい。

 

病名ではなく、その人を見ること。
症状の名前ではなく、その人の生活が立ち上がってくるかを見ること。

必要な時には医療の力も借りる。
それでも届かないところを、整体で支えていく。

自分は、そういうつもりで身体を見ている。

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