整体をしていると、表に出ているものだけ見ていてもわからないことがあるなと思う。
腰が痛いから腰が悪い。
膝の前が痛いから膝が悪い。
もちろん、そういう見方もできる。
でも実際には、そんなに単純ではない。
腰がつらいと思っていても、真裏にあるお腹を調整したら変わることがある。
膝の前側が痛いと言われても、裏をゆるめたら動きが変わることも多い。
膝裏だったり、太ももの裏だったり、股関節だったり、骨盤だったり。
表に出ているところと、実際に調整するところが違うことは珍しくない。
結局、表に出ているものは結果であって、そこだけ追いかけても足りないことがあるんだと思う。
だから、痛いところだけ見て終わりにはしない。
その裏はどうか。
反対側はどうか。
どこが支えていて、どこがかばっているのか。
そういう見方をしないと、からだは読めない。
これは、からだだけの話でもないように思う。
たとえば、行動力がないように見える子がいる。
親御さんから相談を受けることもある。
でも、裏を返せば、その子は軽々しく動かない性格だとも言える。
すぐ動けないのではなく、すぐには動かない。
ちゃんと見てから動きたい。
確実だと思えたら動きたい。
失敗を減らしたい。
そういう性質があるのかもしれない。
世間では、動けることのほうがいいことみたいに言われやすい。
でも、何でも早ければいいわけでもない。
勢いで進む人もいれば、確かめながら進む人もいる。
片方だけ見て、いい悪いは決められないと思う。
親切もそうだと思う。
親切そうに見えても、その裏に別のものがあることはある。
相手のためと言いながら、ほんとうは自分が安心したいだけのこともある。
逆に、少し不器用に見える人のほうが、よほどまっすぐなこともある。
表だけ見ていたら、わからない。
痛みがあるから悪い。
動けないから悪い。
慎重だから悪い。
考えすぎるから悪い。
そんなふうに片側だけ見て決めてしまうと、本当のところは見えなくなる。
からだもそうだし、人もそうなんだと思う。
張っているところは、ただ悪さをしているわけじゃない。
そこが頑張っているから、なんとか持っていることもある。
動かないところも、怠けているわけじゃなく、無理をしないために止まっていることがある。
症状には症状なりの理由がある。
だから整体では、どこが悪いかばかりを追わない。
なぜそこに出ているのか。
その裏に何があるのか。
そっちを見たほうが、変わる時はちゃんと変わる。
表に出ているものには意味がある。
でも、その意味は表だけ見ていてもわからない。
裏を見る。
反対を見る。
全体を見る。
そうすると、痛みの見え方も、人の見え方も変わってくる。
整体をしていると、そのことをよく思う。
表に出ているものだけで決めつけないこと。
裏には裏の理由がある。
それが見えてくると、からだの見方も、人の見方も、少し変わってくると思う。