考えが抜けない時、頭を休めようとしても休まらないことがある。
同じことを何度も考える。気持ちが切り替わらない。施術でも仕事でも、いつもの見方から抜け出せない。
こういう時、整体では頭だけを問題にしない。
頭が疲れている時ほど、手や腕が固まっていることがある。
肘まわりが冷えていたり、前腕に力が残っていたり、肩が上がって胸が固くなっていることもある。
考えが抜けない状態は、頭の中だけで起きているとは限らない。
身体のどこかが緊張したままになり、その緊張に引っ張られるように、考えも同じところを回り続けることがある。
そこで使いやすいのが、肘を温めることである。
整体では、肘から先を熱めのお湯につける温法がある。いわゆる肘湯である。
肘湯というと、肘や腕の疲れを取るものと思われやすい。もちろん、手や腕をよく使う人にも合う。
ただ、それだけではない。
肘を温めると、手や腕に残った緊張がほどけやすい。
そこが抜けると、肩や胸のこわばりも変わることがある。
胸が少し動けば、息も変わる。
頭の詰まりを、頭から抜こうとしない。
ここが大事だと思う。
考えすぎないようにしよう。
気にしないようにしよう。
頭を休めよう。
そう思えば思うほど、余計に考えてしまうことがある。
人間の頭というのは厄介なもので、静かにしようと命令すると、だいたい余計に騒ぎ出す。
本当に面倒な仕組みである。
だから、頭ではなく身体から抜く。
肘を温めるのは、そのための入口になる。
これは、施術にも通じる。
施術をしていると、ふと「これで合っているのか」と感じる時がある。
同じ流れになっていないか。いつもの手順をなぞっているだけではないか。身体を見る前に、自分の中で答えを決めていないか。
そういう時、技術を足すことばかり考えると、かえって施術は固くなる。
新しいやり方を増やす前に、まず自分の頭が固まっていないかを見る必要がある。
手が急いでいないか。身体を変えようとしすぎていないか。相手の身体より先に、自分の不安を処理しようとしていないか。
施術のマンネリは、技術不足だけで起こるわけではない。
見方が固まる。
感じる前に判断する。
触れる前に答えを決める。
そうなると、手は動いていても、身体を観ている感じが薄くなる。
肘湯は、施術の正解を教えてくれるものではない。
ただ、正解を探しすぎて固まった頭を、少し静かにする助けにはなる。
やり方は難しくない。
少し熱めのお湯を用意する。目安は、熱いけれど気持ちいいくらい。
肘から指先までをお湯につける。時間は5分から7分ほどでよい。
冷めてきたら差し湯をして、温度を保つ。
終わったら、左右の赤みを見る。
赤みが薄い側、温まりにくい側があれば、その側だけ1分から2分ほど追加する。
両方を同じように長く温めればいい、というものではない。
身体の反応を見ることが大事である。
やりすぎる必要はない。
長くやれば効くというものでもない。
身体がふっと変わるところで止める。
終わった後は、しっかり拭いて冷やさない。
そのあと少しだけ、ぼーっとする時間を置くとよい。
すぐにまた考え始めると、せっかく抜けたものを自分で回収しに行くことになる。
人間は本当に忙しない。
考えが抜けない時。
頭が疲れている時。
同じ見方に固まっている時。
そういう時は、頭を直接どうにかしようとする前に、肘から先を温めてみる。
身体は、思っているより遠回りに変わる。
頭の疲れが、手に出ることがある。
考えの固さが、肘や腕に残ることがある。
息の浅さが、胸だけでなく、手の使い方や腕の緊張とつながっていることもある。
整体は、痛いところだけを見るものではない。
頭の疲れも、考えの抜けなさも、身体の緊張の流れとして見ることができる。
松江市の桑谷整体では、こうした身体のつながりを見ながら施術をしている。
肩がこる。首が重い。考えが抜けない。呼吸が浅い。
それらは別々の問題に見えて、身体の中ではつながっていることがある。
肘を温めるという小さな手入れも、そのつながりをほどく入口になる。
頭で考えすぎている時ほど、頭から離れてみる。
肘を温める。
そこから、考えも少し抜けていくことがある。