野口整体には『堕胎操法』と呼ばれるものがある。
名前からして穏やかではない。
教わってきた中では、単に望まない妊娠を終わらせるための操法という話ではない。
『強い生命を残す』
そういう考え方が背景にある。
もちろん、これは人間が胎児を見て『この生命は強い』『これは弱い』と選別するという意味ではない。
身体そのものに任せる。
残るものは残る、手放すものは手放す。
そういう身体観だと受け取っている。
ただ産まれることだけが、正義だとは思わない。
妊娠したから、何が何でも出産までつなげる。産ませることそのものが目的になってしまうのも、少し違う気がする。
自然界では、すべての妊娠がそのまま出生まで続くわけではない。
身体には育てる働きもあれば、手放す働きもある。
人間は医学によって、それまで助けられなかった生命まで助けられるようになった。それはすごいことだと思う。
ただその一方で、人間は身体を庇いすぎているのではないかと思うこともある。
何が何でも維持することによって、身体自身が持っている選択まで奪ってはいないのか。
『強い生命を残す』という言葉には、そういう意味もあるのではないかと思っている。
とはいえ、この操法を誰にでも行っているわけではない。
妻の妊娠の時には行ったことがある。
妻の身体なら、最後まで自分が向き合うつもりだった。
患者さんに行ったのは、これまで一人だけだ。
昔から身体を観させてもらっていた方で、この考え方について話し、本人の意思も確認した上で行った。
それくらい、軽く扱えるものではないと思っている。
正直、この操法を行うのは恐怖でしかなかった。
『怖い、逃げたい』
と思っていた。
ただ、こちらが恐怖で固まれば、その緊張まで相手に伝わってしまう。
怖くないわけではない。
怖さを抱えたまま、それを手には出さない。
あれは整体師として、かなりの試練だったと思う。
これは現代医学として確立された方法ではないし、妊娠を終わらせる方法として誰かに勧めるつもりもない。
ただ、そういう方法と、そういう身体観が整体には伝わっている。
随分と厳しい考え方だと思う。
ただ、どこか分かるところもある。