心臓に約束を結ぶ

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久しぶりに、弟子と施術を受け合った。

人の操法を受けることは、自分の身体にとっても新たな刺激になる。
それに、お互いプロとして身体を見ているので、感じたことを遠慮なく言い合える。

たまには、こういう時間も大事だと思う。

 

ただ、その日なぜか、弟子が結婚指輪を忘れて帰った。

僕は施術をする上で、指輪をつけることがない。
というより、結婚指輪というものを買ってすらいない。

絶対に無くすからだ。

これは謙遜でも何でもなく、自分の性分をよくわかっている。
大切なものほど、どこかへ置いてくる。

人間というのは、なかなか信用ならない生き物である。
特に僕が。

 

結婚指輪は、左手の薬指につけるものらしい。

整体で観ると、薬指は胸部、呼吸器、循環器、心臓の働きと関係していると観ることがある。
つまり、左の薬指に輪をつけるということは、かなり乱暴に言えば、心臓の働きに約束を結ぶようなものだ。

ちなみに、簡単に言うと、手の指にもそれぞれ身体との関係がある。

かなり大雑把に言えば、親指は、言語や頭の働き。
人差し指は、消化器や腹部。
中指は、中枢神経。
薬指は、胸や心臓。
小指は、骨盤や腰。

もちろん、これをそのまま診断のように当てはめるわけではない。
けれど、身体を観ていると、指はただの指ではないと感じることがある。

 

その薬指に、輪を通す。

考えてみると、なんとも素敵で、少し恐ろしい習慣だと思う。

心臓に約束を結ぶ。
心臓に輪をかける。
心臓に、忘れないよう印をつける。

昔の人は、なかなか洒落たことを考える。

そして、少し重い。

愛だの誓いだのを、身体に直接くくりつけてくるあたり、人間の執念深さが出ている。

 

でも本当は、指輪があるから続く関係より、指輪がなくても続く関係の方がいい。

形は大事だ。
約束も大事だ。
忘れないための印も、きっと必要な人には必要なのだと思う。

ただ、その印に頼りすぎると、関係そのものより、形を守ることが目的になってしまう。

心臓にくくりつけなくても、続いていく関係。
忘れないように縛らなくても、離れずに続いていく関係。
そういうものを、少しずつ作っていけたらいい。

 

弟子の忘れていった結婚指輪を見ながら、そんなことを考えた。

まあ、忘れて帰っている時点で、心臓との約束もなかなか油断ならない。

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