革命家たる身体

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あいも変わらず、施術中に仕事の相談を受けることが多い。

身体を観ているはずなのに、気がつくと仕事の話になっている。

ただ、それは不思議なことではない。

身体には、その人の働き方や、向かっている方向まで出る。

 

今回も、施術中に仕事の話になった。

行事ごとに情熱を持っているのに、「メンバーが動かない」と言われる。

話を聞きながら、流石だなと思った。

イベントに情熱を発揮する、6種らしい話だった。

 

整体でいう6種体癖というのは、胸が詰まりやすい。

いわゆる猫背のように、胸が窄まりやすい身体でもある。

そこに9種体癖の求心力が加わると、「これだ」と思った道を深く突き進むようになる。

 

6種の情熱と、9種の求心力。

それがうまく働けば、人を動かす力になる。

理想を掲げ、場を動かし、周りを巻き込んでいく。

まさに、革命家たる身体である。

 

ただ、その力は胸が閉じていると外へ出にくい。

内側には情熱がある。

言いたいこともある。

でも、胸が窄まり、呼吸が浅くなると、発信力が出ない。

 

胸が閉じると、声が前に出にくくなる。

呼吸が浅くなると、行動力が作れなくなる。

想いはあるのに、相手へ届く形にならない。

だから、正しいことを言っているはずなのに、人が動かない。

 

猫背という言葉だけで見れば、背中が丸いという話になる。

肩甲骨を寄せるとか、胸を張るとか、背筋を鍛えるとか、そういう話になりやすい。

もちろん、それで変わるものもある。

ただ、今回の身体は、それだけで観るものではなかった。

 

胸が閉じていることで、呼吸が浅くなる。

呼吸が浅くなることで、声に力が乗らない。

声に力が乗らないことで、想いが相手に届きにくくなる。

そこまで観ると、猫背はただの姿勢の問題ではなくなる。

 

その方に、呼吸を深くする操法を行った。

胸の詰まりが少し抜け、呼吸が入りやすくなる。

すると、身体の印象も変わってくる。

背中を無理に伸ばしたわけではないのに、猫背のように見えていた形にも変化が出てくる。

 

姿勢は、形だけで作るものではない。

内側の状態が変わると、外側の形も変わる。

胸の広がり、呼吸の深さ、声の出方。

そうしたものが変わることで、その人の立ち方や発信力まで変わってくることがある。

 

施術中に、こんな話をした。

「大事なのは、どれだけ正しいことを言うかではないですよ」

「誰が言うかです」

その言葉で、少し火がついたようだった。

やる気が戻ってきたような顔で帰られた。

 

これは、精神論だけの話ではない。

誰が言うか、という時の「誰が」には身体が出る。

胸が閉じ、呼吸が浅く、声が届かない状態で言うのか。

胸が広がり、呼吸が入り、腹から声が出る状態で言うのか。

同じ言葉でも、伝わり方は変わる。

 

6種という身体には、理想や情熱を抱えやすいところがある。

それが外へ出ると、人を動かす力になる。

歴史上の人物や表現者を、6種的な身体として語る人もいる。

三島由紀夫のように、言葉や思想で人に強い影響を与えた人物を思い浮かべる人もいるだろう。

 

もちろん、誰かを体癖で決めつけたいわけではない。

ただ、胸の内にある理想や情熱が外へ出た時、人を動かす力になることがある。

逆に、それが胸の内に詰まったままになると、本人の身体もしんどくなる。

 

革命家たる身体とは、ただ強い身体のことではない。

理想を持ち、それを外へ出すための胸がある。

呼吸があり、声があり、人に届く力がある。

その力が詰まれば、猫背にもなるし、息も浅くなるし、発信も弱くなる。

 

だから桑谷整体では、猫背を猫背としてだけ見ない。

背中が丸いという形だけを見てしまうと、その人の内側にあるものを見落とすことがある。

その人が何を抱え、何を外へ出せず、どこで呼吸を止めているのか。

そこまで含めて身体を観ていく。

 

胸が広がると、呼吸が変わる。

呼吸が変わると、声が変わる。

声が変わると、言葉の届き方が変わる。

そして、その人の行動力まで変わることがある。

 

革命家たる身体。

それは、胸に火を持ち、その火を外へ届けられる身体なのかもしれない。

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