- 骨盤を閉めようとしても、なかなか閉まらない方がおられた。
骨盤が開きすぎているだけではなく、力が抜けているだけでもない。
何か、閉まる前の形が残っているように感じた。
身体を観ていると、予定日を過ぎてもなかなか産まれない妊婦さんのような感覚があった。
骨盤が閉じる前に、まず出産の形を取りきれていない。
そんな印象だった。
そこで、「ご出産の時に大変だったのではないですか?」と聞いてみた。
すると、その方は帝王切開だった。
ここで大事なのは、帝王切開が悪いという話ではない。
自然分娩が正しく、帝王切開が間違っているという話でもない。
出産の形に優劣をつけるつもりはまったくない。
母子ともに無事であるために、帝王切開が必要なことは当然ある。
そこに良い悪いをつける話ではない。
ただ、身体には出産の過程が残ることがある。
産道を通して出産する時、骨盤は一度その形を取る。
開き、通し、そこから閉じていく。
身体は、その流れを経験する。
帝王切開の場合、その過程を身体が取りきらないまま出産を終えることがあるのかもしれない。
もちろん、それは良い悪いではない。
ただ、身体の流れとして観た時に、出産の形を通りきれていないような反応が残ることがある。
今回の方は、左の骨盤だけが「産んだ形」を取りきれていないように感じた。
何年も経っている。
それでも身体には、その時の形が残っていることがある。
時間が経てばすべて消える、というほど身体は単純ではない。
骨盤を閉めたい時、ただ閉めればいいわけではない。
閉まらない骨盤には、閉まらない理由がある。
その前の形を通っていなければ、閉じる動きだけを求めても身体は素直に応じてくれない。
閉める前に、まず出産の形を通す必要がある。
そう感じた。
そこで、左側だけ安産操法を行った。
左右とも同じように行うのではなく、反応が残っている左側だけを観た。
すると、骨盤の動きが素直になってきた。
閉めようとしても閉まらなかった骨盤が、こちらの働きかけに対して自然に応じるようになった。
骨盤がようやく、次の動きに移れる状態になったように感じた。
産後の骨盤というと、「開いた骨盤を閉める」という言い方をされることが多い。
もちろん、それも一つの見方ではある。
ただ、骨盤は機械のネジではない。
開いたから閉める、ズレたから戻す。
それだけで終わるほど、身体は単純ではない。
骨盤には、その人の出産の過程が残ることがある。
陣痛が長かったことや、なかなか産まれなかったこと。
帝王切開だったことや、産後に無理をしたこと。
そうした出産前後の流れが、骨盤の動きや左右差として残っていることがある。
だから、産後の骨盤を見る時は、今の骨盤だけを見ない。
その骨盤が、どんな出産を通ってきたのかを観る。
身体がどこで止まり、どこを通りきれず、どこから次の動きに移れなくなっているのかを観る。
そこを見ないまま閉めようとしても、身体はうまく応じないことがある。
産後の骨盤を観るというのは、ただ形を整えることではない。
その人の身体に残った出産の流れを観ることでもある。
帝王切開のあと、骨盤が閉まりにくいことがある。
それは帝王切開が悪いという意味ではない。
身体が出産の過程をどう受け取り、どう残しているかという話だ。
出産の方法を責めるのではなく、身体に残った形を観る。
そこが大事だと思う。
骨盤は、出産を覚えている。
本人が忘れていても、何年も経っていても、身体にはその時の形が残っていることがある。
閉める前に、通すべき形がある。
戻す前に、身体がまだ終えていない動きがある。
桑谷整体では、産後の骨盤を、ただ開いたものとしては見ない。
その人がどんな出産を通り、身体に何を残しているのか。
そこまで含めて、骨盤を観ていく。