先日のブログでは、施術中に印を結ぶと力が出るなどと、不可解な証言をした。
だが、もっと簡単な方法がある。それは、脱力することで、かえって相手に伝わる力が増すというものだ。
「な…何を言っているのか わからねーと思うが」
という感じだが、実際に行ってみると確かにそうなのだ。
自分で力を出そうとすると、どうしても限界があるし、すぐに疲れてしまう。ところが、身体の重さをうまく使えれば、余計な力を入れずに刺激を伝えられる。
それを知るきっかけになったのが、影武流合氣体術という武術だった。
戦国時代、武田信玄を守護していたとされる家伝武術を源流に持つもので、その殺法を整体の活法に使えないだろうかと思ったのが、ことの発端だ。
ありがたいことに、YouTubeで技術を配信しておられたので、随分研究をした。
まるで昔あった、通信空手のようだ。
こちらも例外なく、会得するために弟子を何度もどついた。
ただ、この脱力というものが、なかなか難しい。
何かをしようと思った途端、身体のどこかが強張ってしまう。力を抜こうと意識することさえ、余計な力みにつながることがある。
だから、何もしないようにすることが、実は成功の鍵なのだと思う。
もちろん、何もできないのとは違う。これまで身につけてきたものがあるからこそ、余計なことをしなくても済むのだろう。
うちでも、いらした方から「一生懸命してくださって……」などと言われることがある。
そんなときに『いや、一生懸命などしていませんよ』と答えると、呆気にとられてしまう。
施術中はなるべく嘘やおべっかを使わないことにしている。僕にとっては、これも一つの『制約と誓約』なのだ。
だから、別に謙遜しているわけでもない。
一生懸命になってしまうと、どうしても余分な力が入り、余計なことまでしてしまう。それが必ずしも相手のためになるとは限らない。
だから、施術中は何とかしようとするよりも、常に自分が良い状態、気分の良い状態でいられるように心がけている。
そう考えると、整体の創始者である野口晴哉の、ある逸話を思い出す。
いらした方に「あなたはまだ時間があるか? 少し待っていてくれ」と言い、ドジョウを食べに行ったことがあるという。
ほかにも、アイスクリームを食べに行ったり、散歩に出かけたりしていたそうだ。
まあ、それが良いのか悪いのかはわからない。
ただ、整体に自分の生命を捧げていたような人なので、そういった時間にも何か意味があったのかもしれない。
あるいは、ただドジョウが食べたかっただけかもしれない。
そんなことを考えている時点で、まだまだ頭の力が抜けていないのだろう。
僕も今日くらいは、ドジョウを食べに行こうかと思う。