僕の好きな『化物語』という作品に、忍野メメという人物が出てくる。
その忍野メメに、印象に残っているセリフがある。
「人は一人で勝手に助かるだけさ」
初めて聞いた時は、少し冷たい言葉に感じた。
けれど整体を続けていると、この言葉はかなり本質に近いと感じるようになった。
整体師が、身体を治しているわけではない。
もちろん、施術はする。
骨盤や背骨、お腹や呼吸のつながりを観ながら、身体の動きが戻るように手を入れる。
それでも、本当に変わっていくのは、その人自身の身体だ。
こちらが無理に変えるのではなく、身体の中にある戻る力が働き始める。
整体は、その邪魔になっている緊張や偏りをほどいていくものだと思っている。
治すというより、戻れる状態をつくる。
そこに、整体の大事なところがある。
痛いところだけを追いかけていると、この感覚は見えにくい。
肩こりや腰痛、首のつらさは、もちろん大切な入口になる。
ただ、そこだけを見てしまうと、身体が何をしようとしているのかが見えなくなることがある。
肩こりで来られた方でも、骨盤の動きが悪くなっていることがある。
腰がつらい方でも、お腹の硬さや呼吸の浅さが関係していることがある。
首の痛みが、足首や背中の緊張とつながっていることもある。
身体は、部分だけでできているわけではない。
全体がつながっていて、その人なりの使い方や疲れ方がある。
そこを見ないまま痛い場所だけを変えようとしても、身体はまた同じところに戻ってしまうことがある。
だから桑谷整体では、症状だけを見るのではなく、その人の身体全体を観る。
どこが固まり、どこが働きすぎ、どこで止まり、どこに余裕がなくなっているのか。
そうやって身体を観ていくと、こちらが何かを足すより、余計なものを引いた方がいい場面がある。
強く押すことよりも、身体が戻ろうとする流れを邪魔しないことが大切な時がある。
施術者が前に出すぎると、身体の声が見えなくなる。
良くしよう、変えよう、結果を出そうという意識が前に出すぎると、施術は濁る。
身体には、身体の順番がある。
こちらの都合で変えるのではなく、その人の身体が戻れるところから戻していく。
忍野メメの言葉は、少し突き放したように聞こえる。
でも、僕にはこう聞こえる。
人の身体には、自分で戻っていく力がある。
施術者は、その力が働けるように手を貸すだけだ。
整体は、誰かに完全に治してもらうものではない。
自分の身体が、もう一度ちゃんと働き始めるためのきっかけだと思っている。
症状を消すことだけを目的にするのではなく、身体が本来の働きを取り戻していくこと。
桑谷整体で大切にしているのは、そこだ。
痛いところだけではなく、その人全体を観る。
身体が勝手に戻っていけるように、余計な緊張や偏りを整える。
その結果として、肩こりや腰痛、首のつらさが変わっていくことがある。
人は、誰かに治されるだけでは変わらない。
けれど、身体が変わるきっかけに出会った時、人は自分の力で少しずつ戻っていく。
僕は整体を通して、その手伝いをしている。