整体的に観る『眠れなさ』

眠れない、というと、すぐに副交感神経が働いていないからだ、と言われやすい。

 

もちろん、緊張が抜けず、身体が休む方へ切り替わらないために眠れない人はいる。

ただ、眠れなさをそれだけで見ていると外すことがある。

 

体力が余っていて眠れない人もいるからだ。

 

身体をろくに使っていない。

くたびれてもいない。

それで寝ようとしても、身体の方はまだ終わっていない。

頭だけが勝手に閉店しようとしても、身体が営業時間中なら眠れない。

人間、店じまいの段取りが悪い。

 

夏休みの子どもを見ると分かりやすい。

朝から外へ飛び出して、走って遊んで、くたくたになって、泥のように寝る。

あれは、ただ疲れて倒れているわけではない。

身体を使い切ったから、自然に眠りへ落ちている。

 

整体的に見ると、ああいう眠りの方がずっと健康に近い。

眠りは、頭で作るものではない。

身体を使い、余分なものが抜け、自然に切り替わっていくものである。

 

それなのに、眠れない理由を見ないまま、眠りだけを作ろうとすると乱暴になる。

必要な場面はあるのだろう。

ただ、眠れない身体のまま、頭の都合で眠らせることばかり急いでも、本体は置き去りになりやすい。

 

眠れなさには、休めない身体もあれば、使い切れていない身体もある。

だから、ただリラックスすればいい、ただ副交感神経を高めればいい、という話ではない。

 

身体が緊張して眠れないのか。

それとも、身体を使い切れていないのか。

そこを見た方が、眠れなさはずっと分かりやすい。

 

眠れない時ほど、眠る方法を探したくなる。

けれど、方法を足す前に、身体が眠れるだけの一日を過ごしているかを見る必要がある。

 

ちゃんと動いた身体は、ちゃんと休みに入る。

そこが抜けたまま、眠りだけを求めても難しいことがある。

 

松江市の桑谷整体でも、眠れなさを見る時は、自律神経やリラックスだけで決めない。

首や背中の張り、呼吸、骨盤、そして身体が使い切れているかまで含めて整体で見ていく。

眠れない身体には、眠れない理由がある。

そこを見落とさないことが大事だと思っている。

 

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