満腹という名の野暮

うちの子供は、部活が終わると「お腹が減った!」と言って、おにぎりを食べる。

その後の卓球のクラブに行く前にも食べ、帰りの道中でも補食を口にする。そして、家に帰れば当然のように晩御飯を食べる。

何ともよく食べるものだ。

成長期というのは感心するもので、100%食べてもまだ足りず、120%くらい食べてようやく丁度いいのではないかと思うほどだ。

それだけ身体を動かし、成長するために栄養を必要としているのだろう。多少余るくらいの勢いで食べても、身体の方に使い道がある。

 

以前、若い頃は早食いをして胃を鍛えた方がいい、という話を聞いたことがある。

確かに、10代の頃はとにかく腹が減る。目の前に食べ物があれば、自然と早食いになるのも無理はない。

胃を鍛えるというのが本当なのかはわからないが、成長期にはそれだけの量を食べる必要があり、胃にも相応の働きが求められるのだろう。

身体を作るという面では、若いうちにしっかり食べておけということなのかもしれない。

 

だが、いい大人が同じことをしていては、そうもいかない。

体感的には、25歳を過ぎた頃から、若い頃と同じように食べても、ただ余ってしまうことが多くなる。

それなのに、食べ方だけは昔のままという方もおられる。

特別お腹が減っているわけでもないのに、次から次へと口に運び、あっという間に食べ終えてしまう。

これでは、今の量が丁度いいのか、もう十分なのかを感じる間もない。

食事というより、胃に食物を詰め込む作業になっている。

成長期には早食いにも何か意味があったのかもしれないが、年齢を重ね、身体の使い方も変わっているのに、いつまでも同じことをしていては負担になるのではないだろうか。

 

それと、お酒についても似たようなことを感じる。

炭酸の入ったお酒などを、喉に流し込むように飲んでいる方がおられる。

あれはお酒を味わっているというより、炭酸の刺激や喉越しを楽しんでいるだけではないだろうか。

肝心のお酒の味もわからず、自分がどれくらい酔っているのかもわからない。ただ、次から次へと喉に流し込んでいる。

酔うために飲むのか、味を楽しむために飲むのかでは随分違う。

食事にしてもお酒にしても、何でもかんでも大量に口へ運べばいいというものではない。

多少の慎みがあった方が下品にならず、侘び寂びがあるように思う。

 

以前、少し高級なお寿司屋さんに行ったときのことだ。

大将がこちらの食べ具合を見ていたのかどうかは知らないが、もう少し食べられるな、というところで締めが出てきた。

ところが、それが何とも丁度よかったのだ。

腹いっぱいというわけではない。しかし、物足りないわけでもない。

むしろ、もう少し食べられるくらいで終えることに、何とも言えない心地よさがあった。

若い頃なら、腹いっぱいになるまで食べたかったのかもしれない。

だが、年齢を重ねてくると、こうした食べ方の方が丁度よく感じられる。

思えば、あのお寿司屋さんで教わったのは、寿司の味だけではなく、そういった食べ方だったのかもしれない。

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